伝家の宝刀、古橋達弥のフリーキックを考察する
2008.09.10
現在われらがセレッソ大阪は、試合のない週を利用して、和歌山の紀三井寺でキャンプ中である。
シーズン開始以降、このサイトでは試合のレポートを中心にエントリーを書いてきたが、今回は趣向を変え、選手個人のプレーに着目したエントリーを書いてみようと思う。
題材は、「古橋達弥のフリーキック」。
前節、3-2で勝利した徳島ヴォルティス戦で、古橋はフリーキックとコーナーキックでそれぞれ1得点1アシストを記録。チームの勝利に大きく貢献した。
周知の通り、セレッソは古橋がいるかいないかで、セットプレーからの得点の可能性が大きく変わってくるチームである。香川真司やカイオ、彼らも決してプレースキックは下手ではないが、古橋がいる時のセレッソのセットプレーは、いない時のそれと較べて、全くの別物である。
一般的なキッカーと較べて、古橋のフリーキックは何が優れているのか。この点について、今回は考察していくことにしたい。
上の写真は、2008年J2第32節、ロアッソ熊本対セレッソ大阪戦における、後半19分のフリーキックのシーンである。ボールを蹴ろうとしているのは、ロアッソ熊本のMF、山本翔平である。セレッソはこのフリーキックから、ファーサイドの高橋泰(ゆたか)のヘディングで失点した。
1つ目の写真を別角度から見たものが上の2つの写真である。オレンジの線が、蹴られたボールの軌跡を表している。
1〜3枚目の写真を見ると、山本が軸足(左足)をファーサイドの方向に向け、右足インフロント(足の甲の内側)でボールをキックしていることが分かる。相手ゴールに対して左サイドから右足でボールを蹴る時の、一般的な蹴り方である。
ボールに対して踏み込む際、蹴りたい方向のやや斜め後ろから踏み込み、軸足を蹴る方向に向けて着地する。これは、サッカーを始めて間もない頃から習う、キックの基本中の基本である。
J2第33節、セレッソ大阪対徳島ヴォルティス戦の後半16分、上記の山本のフリーキックとほぼ同じ位置から蹴られた、古橋のフリーキックを見てみよう。
一見して、山本のフリーキックとの大きな違いはない。古橋のほうがボールに対して斜めに入る角度が大きい為、身体の傾きが大きくなっているが、それ以外の部分、軸足や身体の向きなどは、ほぼ同じである。
このキックモーションから予想されるボールの軌道は、山本が蹴ったボールと同じような、ファーサイドへのボールである。ニアサイドに蹴る場合は、つま先をニアサイド方向に向け、その捻りを利用しながら腰から上を回してボールを蹴る必要があるが、古橋の軸足のつま先はファーサイドを向いている。
写真を見ると既に、相手GKと壁役の選手が、ともに左足に体重移動している。古橋のキックモーションから、反射的にボールのコースを予測しているのである。
そして、蹴った直後の写真が上の写真である。
古橋の右足が、非常に特徴的な振られ方をしていることが分かる。振り上げた蹴り足のつま先とかかとのラインが地面と平行になっていることから分かるとおり、ここでの古橋のキックはインフロントキックではなく、インサイドキックである。インフロントで蹴るかのように踏み込んでから、蹴り足の軌道を途中で変化させ、身体の前で太ももを交差させるようにしてインサイドでボールを蹴っている。つまり、「インフロントキックでファーサイドに蹴ると見せかけて、インサイドキックでニアサイドに蹴っている」と言うことである。
言葉にすると簡単だが、実際このようにボールを蹴るのは非常に難しい。
まず、つま先の向き(つまりは身体の向き)と異なる方向にボールを蹴るため、コントロールが難しい。また、実際に蹴ってみると分かるが、離れた位置から、インサイドキックでゴールを脅かすような強いボールを蹴るのは、一般の人間にはムリである。これは、インフロントやインステップなど、足の甲を前に向けるキックでは、ひざ下をキック方向に向けて振ることが出来、これをボールの推進力に変えることが出来るのに対し、つま先を外側に向けるインサイドキックの場合は、ひざ下をキック方向に向けることができない為、股関節の振りだけでボールに推進力を与えなければならないからである。
また、太ももの筋肉そのものも、左右に振るよりも前後に振る方が大きな力を発揮する特徴がある。これは、壁の前に立ち、膝で壁を押してみた場合と、膝の内側で壁を押してみた場合、どちらがより大きな力を与えられるかで確認できる。
つまり、普通の人間がこの蹴り方の真似をしても、ボールがあさっての方向に飛んでいくか、弱々しいボールがゴールに向かって転がるだけである。しかし、古橋はこのキックに非常に習熟しており、軸足のつま先をファーサイドに向けた状態から、ニアサイドに非常に強いボールを蹴ることが出来る。
このような古橋のキックは、相手GK、DFにとって脅威である。古橋のキックは精確でスピードもあるため、特にGKは一瞬でも早く動き出し、ボールの到達に先んずる必要がある。しかし、既に見てきたように、古橋の蹴るボールは蹴られる瞬間まで、飛んでくる方向が分からない。ばかりか、踏み込む足をフェイクに使って逆を取ってくる。相手の体勢を見て反射的に身体が動くのは本来、熟練の証だが、その習性の逆を取られる可能性があると言うことである。
上の写真において、グレーのラインは古橋が「蹴るように見せかけた」コース、オレンジのラインが実際に蹴ったコースである。GK、壁に入った選手、共に古橋のフェイクに釣られてファーサイド側に動いていることが分かる。このシーンでは、GKがすんでの所でニアサイドのボールに追いつき、辛くもコーナーキックに逃れた。
先ほどのシーンよりも、ゴールに対して正面に近い位置で得たフリーキック。
古橋にとって、絶好の位置である。
ここでも古橋は、踏み込む足の方向とは逆方向にボールを蹴っている。
ボールは狙いを違えずニアサイドへ。
ポストの内側を掠めるように、ゴールに吸い込まれた。
「相手に手の内を読ませないこと」「相手の裏をかくこと」。
サッカーのみならず、すべての勝負の世界においての最重要事項、それを疎かにしていないからこそ、古橋のキックは素晴らしいのである。
シーズン開始以降、このサイトでは試合のレポートを中心にエントリーを書いてきたが、今回は趣向を変え、選手個人のプレーに着目したエントリーを書いてみようと思う。
題材は、「古橋達弥のフリーキック」。
前節、3-2で勝利した徳島ヴォルティス戦で、古橋はフリーキックとコーナーキックでそれぞれ1得点1アシストを記録。チームの勝利に大きく貢献した。
周知の通り、セレッソは古橋がいるかいないかで、セットプレーからの得点の可能性が大きく変わってくるチームである。香川真司やカイオ、彼らも決してプレースキックは下手ではないが、古橋がいる時のセレッソのセットプレーは、いない時のそれと較べて、全くの別物である。
一般的なキッカーと較べて、古橋のフリーキックは何が優れているのか。この点について、今回は考察していくことにしたい。
一般的なキックモーション
まず、優れたプレースキッカーとして、ごく当たり前の事柄 ― コースが精確、ボールスピードが速いなど ― に関しては割愛する。得点に直結するプレースキックには、それらに加えてもう一つ、重要な要素が必要となる。それは、「キックの狙いを最後まで相手に悟らせない」ことである。狙いを悟らせないだけでなく、相手の予想の逆を取ることが出来ればなお良い。これを実現する為、古橋は非常に特徴的なキックモーションでボールを蹴っている。一般的なプレーヤーのキックモーションと比較することで、古橋のキックの特徴を見ていくことにしよう。
上の写真は、2008年J2第32節、ロアッソ熊本対セレッソ大阪戦における、後半19分のフリーキックのシーンである。ボールを蹴ろうとしているのは、ロアッソ熊本のMF、山本翔平である。セレッソはこのフリーキックから、ファーサイドの高橋泰(ゆたか)のヘディングで失点した。
1つ目の写真を別角度から見たものが上の2つの写真である。オレンジの線が、蹴られたボールの軌跡を表している。1〜3枚目の写真を見ると、山本が軸足(左足)をファーサイドの方向に向け、右足インフロント(足の甲の内側)でボールをキックしていることが分かる。相手ゴールに対して左サイドから右足でボールを蹴る時の、一般的な蹴り方である。
ボールに対して踏み込む際、蹴りたい方向のやや斜め後ろから踏み込み、軸足を蹴る方向に向けて着地する。これは、サッカーを始めて間もない頃から習う、キックの基本中の基本である。
古橋のキックモーション
では一方、古橋のフリーキックはどのように蹴られているのか。J2第33節、セレッソ大阪対徳島ヴォルティス戦の後半16分、上記の山本のフリーキックとほぼ同じ位置から蹴られた、古橋のフリーキックを見てみよう。
一見して、山本のフリーキックとの大きな違いはない。古橋のほうがボールに対して斜めに入る角度が大きい為、身体の傾きが大きくなっているが、それ以外の部分、軸足や身体の向きなどは、ほぼ同じである。このキックモーションから予想されるボールの軌道は、山本が蹴ったボールと同じような、ファーサイドへのボールである。ニアサイドに蹴る場合は、つま先をニアサイド方向に向け、その捻りを利用しながら腰から上を回してボールを蹴る必要があるが、古橋の軸足のつま先はファーサイドを向いている。
写真を見ると既に、相手GKと壁役の選手が、ともに左足に体重移動している。古橋のキックモーションから、反射的にボールのコースを予測しているのである。
そして、蹴った直後の写真が上の写真である。古橋の右足が、非常に特徴的な振られ方をしていることが分かる。振り上げた蹴り足のつま先とかかとのラインが地面と平行になっていることから分かるとおり、ここでの古橋のキックはインフロントキックではなく、インサイドキックである。インフロントで蹴るかのように踏み込んでから、蹴り足の軌道を途中で変化させ、身体の前で太ももを交差させるようにしてインサイドでボールを蹴っている。つまり、「インフロントキックでファーサイドに蹴ると見せかけて、インサイドキックでニアサイドに蹴っている」と言うことである。
言葉にすると簡単だが、実際このようにボールを蹴るのは非常に難しい。
まず、つま先の向き(つまりは身体の向き)と異なる方向にボールを蹴るため、コントロールが難しい。また、実際に蹴ってみると分かるが、離れた位置から、インサイドキックでゴールを脅かすような強いボールを蹴るのは、一般の人間にはムリである。これは、インフロントやインステップなど、足の甲を前に向けるキックでは、ひざ下をキック方向に向けて振ることが出来、これをボールの推進力に変えることが出来るのに対し、つま先を外側に向けるインサイドキックの場合は、ひざ下をキック方向に向けることができない為、股関節の振りだけでボールに推進力を与えなければならないからである。
また、太ももの筋肉そのものも、左右に振るよりも前後に振る方が大きな力を発揮する特徴がある。これは、壁の前に立ち、膝で壁を押してみた場合と、膝の内側で壁を押してみた場合、どちらがより大きな力を与えられるかで確認できる。
つまり、普通の人間がこの蹴り方の真似をしても、ボールがあさっての方向に飛んでいくか、弱々しいボールがゴールに向かって転がるだけである。しかし、古橋はこのキックに非常に習熟しており、軸足のつま先をファーサイドに向けた状態から、ニアサイドに非常に強いボールを蹴ることが出来る。
このような古橋のキックは、相手GK、DFにとって脅威である。古橋のキックは精確でスピードもあるため、特にGKは一瞬でも早く動き出し、ボールの到達に先んずる必要がある。しかし、既に見てきたように、古橋の蹴るボールは蹴られる瞬間まで、飛んでくる方向が分からない。ばかりか、踏み込む足をフェイクに使って逆を取ってくる。相手の体勢を見て反射的に身体が動くのは本来、熟練の証だが、その習性の逆を取られる可能性があると言うことである。
上の写真において、グレーのラインは古橋が「蹴るように見せかけた」コース、オレンジのラインが実際に蹴ったコースである。GK、壁に入った選手、共に古橋のフェイクに釣られてファーサイド側に動いていることが分かる。このシーンでは、GKがすんでの所でニアサイドのボールに追いつき、辛くもコーナーキックに逃れた。
得点シーン、伝家の宝刀の輝き
では、このキックを使って古橋が得点を奪ったシーンを見てみよう。徳島ヴォルティス戦の前半38分、時系列で言うと、先ほどのフリーキックのシーンよりも前である。
先ほどのシーンよりも、ゴールに対して正面に近い位置で得たフリーキック。古橋にとって、絶好の位置である。
ここでも古橋は、踏み込む足の方向とは逆方向にボールを蹴っている。
ボールは狙いを違えずニアサイドへ。ポストの内側を掠めるように、ゴールに吸い込まれた。
まとめ
古橋のキックの精度は、常日頃からの弛まぬ努力の賜物である。しかし、ただ黙々とボールを蹴り、精度を上げるだけでは、相手との駆け引き、引いては試合と言う勝負に勝つことは出来ない。「相手に手の内を読ませないこと」「相手の裏をかくこと」。
サッカーのみならず、すべての勝負の世界においての最重要事項、それを疎かにしていないからこそ、古橋のキックは素晴らしいのである。